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ただひたすら踊り続けてきた。
みせる踊りはいらない。
空間に私がいるだけ。
研ぎ済まし続けてきた感性と肉体で、自己の表現に迫る。
音と交差し、肉体の極限まで踊る。
細胞は・・・、骨は・・・、
人生の喜び、悲しみ、人のおろかさ、美しさ、いさぎよさ、力強さを語る。
心の内なる魂の衝動を、純粋に、直感的に、さらけだす。
篠井世津子
《篠井世津子プロフィール》
1947年生まれ。
1971年渡米。ルイジ、ジョジョ・スミス、マーサグラハムに師事。帰国後「篠井世津子ジャズダンススタジオ」(東京・大久保)設立。
1973年、初のリサイタル「篠井世津子とその仲間たち」を公演。翌74年、再度渡米。ローランド・デュプレー、ジョー・ペネット、グランド・トンプソン、ミシェリー・スミスに師事。
1975年、「黒豹たちのブルース」(三百人劇場)を初演(Part1)。
同年よりSKD(松竹歌劇団)の講師として振り付けを担当。1976年「女たち(黒豹たちのブルース Part2〜5)」(三百人劇場)。
1977年より渋谷ジァン・ジァンとの提携公演「篠井世津子の世界」(年4回シリーズ)を開始、20年以上にわたる。
1978年より毎年渡米。1979年より「黒豹たちのブルース」(読売ホールを中心に、中野サンプラザ、日本青年館、なかのZERO大ホール)は毎年の定例公演となり(82年には150人の大舞台となる)、1997年まで続く。
1980年より沖縄ジャンジャンとの提携公演(年1回)開始、1993年まで14年間続く。
他に「ジャスト・ダンス・ナウ」(1980年・博品館劇場)、文化庁芸術祭参加作品「篠井世津子と女たち」(80、83年・三百人劇場、84、85年・シアターアプル、86年・ヤクルトホール)公演。
1985年にNHK教育テレビ芸術劇場舞踊特集「女を踊る」出演。1988〜89年にかけて「鬼」を金沢、盛岡、弘前にて公演。韓国で「ソロ」を踊る。
1991年、NHK衛生放送にて「ソロ」を踊る。
同年、英国公演「リア王」(J・A・シーザー演出)に客演。1995年「サロメ」(読売ホール)公演。
1998、99年「篠井世津子と仲間たち」公演後、2000年に渋谷ジァン・ジァンさよなら公演。同年「10本の真紅の薔薇」(なかのZERO小ホール)公演。
2001年に大久保から江戸川橋にスタジオを移転する(さよなら公演、オープン公演「鬼」)。
舞踏以外にも映画「たんぽぽ」「マルサの女」(共に伊丹十三監督作品)に出演。日劇ミュージックホール、OSK(日本歌劇団)、劇団四季「新・裸の王様」、ミスタースリムカンパニー等、多数の振り付けを担当。多数のダンサーを指導しながら、2002年より舞台を中野テルプシコールに移し、創作活動を続けている。
今回は「神の鳥」「消えゆく時間の美学」に続くソロ公演第三弾!
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