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6月23日
これから始まる11日間のツアーの荷物を用意してみる。
あまりにも長い間…15年ぶりかなあ、ツアーに出ていなかったので、今ひとつ現実味がなく…、当日の昼まで何にも用意していなかったのだ。
家にある一番大きなバッグを引っ張り出してみるが…
すぐに一杯になりとても肩から担げる重さではないと判明。出発まで3時間!やばい!!
急遽、ジャスコに車を走らせ、海外旅行用のゴロゴロつきの大きなスーツケースを購入。
家中のパンツや靴下、Tシャツ、Gパンをともかく詰め込む。寒さ対策のトレーナーも!
ウームッすごすぎる!まるで夜逃げだ!
何とか準備完了。
「果たして私は何処に行くんだろう?」
こんなにいっぱいの荷物と、ギターまで持って??
「誰に逢いに行くんだろう?」
「届けるに足る想いはあるのか?」
ぎりぎりで夕方の飛行機に乗り、ひとっ飛び?
千歳からはJRの快速で札幌市内へ!札幌駅で今回の仕掛け人、「山ちゃん」と合流。
ゴムタイアを履いた地下鉄に乗り込み、狸小路へ…まだ8時だというのに街はガランとしている。北海道の不景気は本物だ!真っ赤なスーツケースを左手でひきづり、右手にはギターケース、背中にはパンパンのリュック。「オーイッ何処まで歩かせるんだよ!!」、ようやく雑居ビルの一つに入っていく。
山ちゃん行きつけの「仔羊亭」、仕入先秘密?のラム肉専門店だという、まずはビール。メニューはいたってシンプル!お薦めのラムのネギ塩焼きと味_焼きを頼む。柔らかいは、羊臭くないは、ウマイのなんのって…さすが本場もの。次に、サッと炙っただけの「たたき」も頼んで、日本酒に切り替える。これが又、最高!クイクイ飲みながら、明日からのスケジュールを確認する。
初日から少し飲みすぎ。山ちゃん宅にて熟睡。 |
6月24日 札幌 レストランのや
山ちゃんに起こされ、朝一番のHBCラジオ情報番組に電話で生出演。
10分ほどのインタビュー!朝の8時半からおもいっきり頭と口を使い…少々疲れる。
玉子かけご飯で朝食を済まし、また一眠り。
昼過ぎに起きて、今日のライブ会場レストラン「のや」へ早めにはいる。市街から少し外れた、旧サッポロビール園の近く。
大きな蔵を改装したアンティークな雰囲気のレストランで、古材を多用した室内は昭和初期の空気が漂う。時間が止まったような午後…、木枠の窓からから差し込む陽射しが、庭の木々の葉の揺らめきを光と影の囁きに変え…、目の前のテーブルに映している。懐かしさと安堵感、居心地のよい私だけの隠れ家という感じだ。珈琲をいただき、「とうとう北海道に来たか!」って…、大きく息を吐きこれからのツアーの覚悟を決める。
本番までまだかなり時間があるので、山ちゃんと二人、タオルを頭に巻いて銭湯を探しに出かける。道すがら地元人と思しき何人かの人に聞いても、芳しい答えは返ってこず。戻り道、ビルの狭間に朽ちかけた煙突を発見!そばまで行ってみるが、入り口は閉ざされたまま。既に廃業しているようす。結論、「札幌では銭湯はもう商売にならないのだ」。
この街の冬の寒さと雪の深さを考えると納得がいく。
札幌での銭湯は諦めることに…。
6時半をまわり、ライブ開始の時間になっても客は4人!札幌は集客がむずかしいと言われてはいたものの…、でも一組、一番乗りでとても懐かしい顔が花束を抱え!!ライブの開始を待ち侘びている。小学校時代の同級生だ。柳田健二君夫妻、今は札幌でお医者さんをしているらしい。北海道新聞にのった写真入の結構大きな記事!を見つけ駆けつけてくれていた。
握手を交わすが、御互いウムウムと頷くだけで、言葉が出てこない。
「君に逢いたくってさ!君に逢いたくってさ…」と唄い始める…、まさに万感の想い!胸に込みあげ、イントロを止めて今の想いを語ってみる。「38年ぶりにこうやってあなたに会えるなんて!」
この日のステージが熱いものとなったのは言うまでもない。
さあ、ツアーの始まりだ!
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6月25日 小樽 喫茶 大坂屋
今日は小樽市、銭函。山ちゃんの友人に車で送ってもらう。慣れた人が飛ばすと30分くらいだ。途中、小樽で「海猫屋」により、旧知の仲であるマスターの増山誠氏と再会。
20年ぶりの小樽の街はすっかり変わっていた、良くも悪くも!
運河沿いのレンガの街並みは、果たして昔からその建物だったのか、新たに建てられたものなのか? 馬車が走り、人力車が行き交う…、まるで街自体がテーマパークのようである。何十台もの大型バスから吐き出される、浮き足立った観光客の群れを横目に、しばし感慨にふけってしまった。「20年前は時の流れに取り残されたかのように、ひっそりとした街だったのになあ…」
市内から車で10分ほどで銭函、増山氏も同行して本日のライブ会場「大坂屋」に到着。
道路をはさんでもうそこが海である。この店も、古くからの蔵を改装したアンティークなカフェ。一階は十人ほどのカウンターのみ。後からつけられたと見える急な階段を二階に昇ると、8畳くらいの可愛らしいスペースだ。昔小学校で使っていたような古い木の椅子と机を片付け、唄う場所を確保する。今夜はマイクなしでやることに…。錆びた鉄の格子がはまった窓の向こう、すっかり暗くなってはいたが、海の気配がはっきりと感じられる。この店でライブをやるのは初めてとのこと。マスターがそわそわと上と下を行ったり来たりしている。譜面台を近所の小学校から持ってきてもらい準備完了。
唄が裸のまま、目の前の十数人のお客様ひとりひとりに届いているのがわかる。送り手のほどよい緊張感と、受け手の期待感の大きさに支えられ、異常に熱っぽいステージとなった。
旧知の増山氏も、「こんなライブは初めて見た!おまえうまくなったなあ…」と子供みたいに笑ってる。そう、私はこの20年間、試行錯誤しながらも唄をうたい続けていたのだ。「今度はうちの店でやろう!」と固く握手!
車で札幌まで送ってもらい、山ちゃん宅で軽く一杯?そのまま熟睡。
今日も風呂に入りそびれる。
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6月26日 留萌 ストロベリーフィ−ルズ
高速バスにて、留萌へ。
曇り、気温16℃。小雨ぱらつく中、札幌駅バスターミナルを11時40分、出発。
まずは缶ビールで乾杯。
一時間ほどして、砂川SAでバスは緊急停車。なにやらギアが抜けなくなりエンジンがかからないとのこと??運転手さんがしきりに謝っているが…、そんなに謝って頂かなくてもねえ。代車を待つ間、外に出てタバコTIME。車内禁煙だったので丁度良い休憩時間だ。30分後、バスを乗り換え再び出発!
留萌駅到着は4時近くに、この街は漁業中心の港町だ。夕陽がきれいな街として観光アピールはしているようだが…、小樽とはうってかわって観光客の姿はない。「この先の信号の向こうはもう海ですよ…」、駅からの人通りのない道を、オールバックの実直そうな運転手さんと話をしながらタクシーで街の中心へ。
繁華街の裏手のビジネスホテル、ここで4日ぶりにシャワーを浴びほっと一息。弦を張替え、曲順を入れ替え…、今夜は40分2ステージ!
ホテルから歩いてライブハウス「ストロベリーフィールズ」へ。
地元のアマチュアバンドも、この店でたまにライブをやるという。音楽好きのオーナーが揃えた機材は充実していて何の問題もなし。リハを済まし軽くビールなど飲みながらお客様を待つ。20人ほど集まったところでライブ開始。同世代のおじさま、おばさまも多く、ひとつひとつの唄にうなずきながら聞いてくれている。特に小学6年生の女の子が詞を書いた「願い」は凛とした静寂の中に吸い込まれ…、想いと想いがひとつになり、初めての人の心にも出逢いの種を届けることができたと確信。
終了後もひとりひとりと話ができ、出逢いを紡ぐ旅…夜が更けるまで人生について、人と人との出会いについて語りあい、うなずきあい、又逢うことを約束して肩を叩きあい…
とても嬉しい夜になった。
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北喜常のマスター
町議会議員でもある

その奥様

北喜常のコンサート風景 |
6月27日 月形町 北喜常
昨夜、肩を叩き合った同年代の地元のジャズフリーク戸之崎氏に次の目的地、月形まで愛車パジェロで送ってもらう。片道1時間半、仕事の合間を縫ってのとんぼ返り!感謝、感謝!!
車中、彼が選んだ心地よいジャズボーカルのCDを聞きながらうたた寝。真っ青な空、からっとした空気、新緑の緑、緑、緑!!!最高じゃ!
月形町にはいる少し手前の国道沿いに木でできた天文台のようなドーム型のレストラン「北喜常」(きたきつね)がある。花に囲まれたこのウッドハウスを8ヶ月かけて自ら建ててしまったオーナーは、今年町議にも当選した頑張り屋の青年、寺地正氏。2児の良き父であり、良き夫でもある。優れたコックであり、年に一度の1000人規模のフォークジャンボリーの主催者でもある。
今日は、当選して初めての委員会があったとか。朝一番に議会へ行き、長老連中と結論の出ない話をし、戻ってきてすぐに昼時の超多忙なコックの仕事をこなし、そして休む間もなく、3時からは私のためにライブの準備をするという。
私はと言えば、山ちゃんとふたりすぐ近くの町営の温泉、「月型温泉」でひとっ風呂!夜に備えて畳の広間で2時間ほど昼寝。
のんびり戻ってきてみると、すっかり準備完了!かわいらしいレストランが素適なライブハウスに変身している。
5時過ぎには東京から、今回マネージャー役の菊地氏到着、早速リハーサル開始。
2階まで吹き抜けで天井が高く、壁面が円型のため、音がすべて自分のところに戻ってくる。やり難くはないのだが…、客席では異常に心地よい響きとのことで納得。
自分に気合を入れる意味で、何曲か本気で唄ってみる。
PAもやってくれている寺地氏の目の色が変わっていくのがわかる。正直な人だ、「私はもう後悔してます、何でもっと一生懸命、人を呼んでおかなかったのか…」と言いながら、しきりに電話をかけまくっている。「唄もギターもともかくすごいから、来て…」嬉しい!
2曲アンコールでめいっぱい!2時間近く唄いきる。
精鋭十数人のお客様と再会の約束しつつ、寺地氏の手料理で打ち上げ!料理の腕もさすが!!
月形での自分の在りようや人との関わり、町興しについての熱弁を聞く。
まさに頑張りやさんだ!見守る奥様、直子さんの優しい眼差しが彼の宝だと思った。
夫婦の在りように感動!
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ア−リ−タイムス
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6月28日 旭川 アーリータイムズ
晴天、朝一番に岩見沢駅まで、20分くらいか?寺地氏に車で送ってもらう。
駅前でレンタカーをゲット。白いカローラ、ナビ付き、久し振りに車のハンドルを握る。旭川までの2時間ドライブ!何処までも真っ直ぐな国道、私はスピード違反で免停講習直後のため点数がなく、あくまでも法定速度厳守の超安全運転。軽自動車にも追い抜かれながらも快適ドライブ!!
昼過ぎに旭川市内に入る。
山ちゃんの知り合いの一軒家(ほぼ空家)に荷物を置かせてもらい、溜まってきた洗濯物を解消する事に。
近所のうどん屋のお兄ちゃんにロープを借り、部屋中に山ちゃんと私、それに菊地氏のパンツとTシャツを干す。男のパンツも色、形ともに様々だ!
あっという間に、夕方になり、旭川老舗のライブハウス「アーリータイムズ」にはいる。
あがた森魚、下田逸郎etc、70年、80年代の大御所がスケジュールを埋めている。
屋根裏の楽屋に通されるが明りも点けずボーっとしている。何処かで緊張の糸が切れている。さすがにライブ連続5日目!生まれて初めての経験なのだ!リハをやってみるが、気力というか、体力というか頭と体がバラバラで集中が行かない。おまけに、声を張り上げると目の前が暗くなる?血圧も低いようだ??コンビニでタウリン1500・強化(私は猫じゃないって!)のドリンク500円を買い、飲んでみるも効果なく、散々の結果?
歌詞カード見ているのに1番と2番を入れ替えたり、コードは間違えるは、メロディーまで作っちゃうは…、とうとう、手にしたハーモニカがはらりと手から逃げていく始末。
何とか、最後の2曲を気力振り絞りでうたいあげ、死ぬ気で完走。
そんな私の姿を見て何人かの人は「良かった!」と言ってくれたものの…。心の中で申し訳ない!こんなはずじゃない!限界じゃ!全滅じゃ!と反省しきり!!!
「ふうっ疲れた!」
その夜、様々なパンツの下で、死んだように眠る。
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旭川から釧路へ抜ける峠で見た風景



20何年ぶりかの釧路川

釧路市内を一望できる公園

釧路湿原が一望できる展望台
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6月29日
昨日とは打って変わって朝から冷たい雨。気温も10℃前後!
それでも、今日はOFFということで昨夜の意気消沈もなんのその、元気回復!
愛車?白いカローラで一路、生まれ故郷の釧路まで!300・
さあドライブ!出発進行!!
カーナビを釧路駅にセットして、小雨に煙る旭川を後にする。
雲間に見え隠れする道央一番の温泉地、層雲峡を抜け、幾つも峠を越えて、名も知らぬ川を渡り…唯、唯ひた走る!今日も法定速度厳守!
朝からの小雨のせいで、緑がとても鮮やかだ。
まるで遠近法のサンプルのような真っ直ぐな道。自生する白樺の並木と名も知らぬ異常に奇麗な花の群!本当に空想の中の絵を切り取ってきたかのようだ。
何度も車を停め、その自然の中に降り立ってみる。鳥の声と、梢を渡る風の唄。メルヘンだな??
「山ちゃん、ビール飲み過ぎ!車とめるたんびにオシッコしないの!!!」
地元の車が、100キロ近くのスピードですり抜けていく。
「チッ!」追い抜かれてもグッと我慢の子であった。
途中、よくある典型的な観光ドライブインで強力「味の素」味のラーメンを食べたり、数少ないコンビニをみつけてはとりつかれたように「どら焼き」を探したり?中年以上の男三人で子供の頃の話をし、それぞれの愛を語り…夢を語り…、人生を語る。足元に缶ビールの山を築く奴、さきイカにはまる奴、カーナビをイロイロなモードにしてラリー遊びをする奴…。
なんとも幸せな気分で旅は続く。
天候が思わしくないので、阿寒、摩周湖方面に寄るのを諦め糠平方面へ、池田を抜けたあたりでようやく海岸線に出る。このあたりから景色は一変する。
灰色の空に、灰色の海!これが道東特有の何にもない世界だ。「これだよ!これ!…」と頭の奥の古い記憶と照らし合わせながら、だんだん私だけが口数が多くなってくる。
6時間近いドライブで皆疲れが見えてきているのに…、私一人はしゃいでいる。
地図で見る海岸線をなぞり、緩やかな弧を描き車は白糠に近づいていく。珈琲ブレイクを兼ねて、翌々日のライブ主催者、白糠在住の池村氏と会うことに。
白糠駅ちかくの国道三十八号線に面したレストラン「はまなす」で落ち合うことに。挨拶もそこそこに私の記事が載っている地元の釧路新聞をひろげ、「30人以上は固いよ!」と頼もしい言葉!とても熱心に準備してくれているらしい。
ここからは、あと30分位で生まれ故郷、釧路の街だ。
右は太平洋、左は茫漠とした原野が続く。それでも、子供の頃に比べればこんなところにも店が!人家がって…、それこそクマと鹿と鶴しか住んでいなかったところにも建物が点在している。
まるで映画の主人公にでもなった気分で、生まれ故郷の街に車ではいっていく。
ナビちゃんは、しきりに右折しろと交差点たんびにおっしゃているが?無視!私は古い記憶に頼って38号線を直進する。
後で分かったが、どうやら海沿いに広いバイパスができていたらしい!
父の勤めていた大きな製紙工場が見えてきた。とうとう、私の生まれ故郷、釧路市鳥取!
そう、確かあの信号を左に曲がれば、私が少年時代を過ごしたアパートがあるはず!!
ナビちゃんを無視し、すばやくウインカーを出し左に曲がる。
あっという間に、懐かしい橋の袂に…
そう!ここです!「仁々士別川」(新釧路川に合流する釧路川の支流のひとつ)
私が小学校時代によく遊んだ川です。
タンポポの咲き乱れる土手を走った春。
寒空の下、焚き火をしながら川遊びをした夏。
高すぎる空を草むらに寝転んで見上げた秋。
凍り始めた岸辺をおっかなびっくり踏みしめた冬。
そんなものなかったのに…、コンビニの横に車を停め、川の前に立ち尽くす。
三十八年ぶりの景色が目の前にある。
「この川は何にも変わってない…、そのまんまじゃん!!」
思わず、生い茂る草むらに足を入れる。川面まで行こうとしてる!
朝からの雨で、草丈30センチ程の土手は濡れそぼっている。
すぐに足元がびしょびしょだ!3メートルほど降りて、又立ち尽くす。
何か言おうとして振り返る。
すっかり日の落ちた薄闇の向こうで、山ちゃんも菊地氏も笑ってる。
涙が出てきた。
何だこの涙は!
「私はここで生まれた!」
ただそれだけのことなのに…誰ともわかちあうことのない郷愁…?
再びゆっくりと車を走らせ、新釧路川に架かるこの街で一番大きな橋を渡る。
ここからは街の中心地。聞き覚えのある住所、通りの名前をひとつひとつ確かめながら…すっかり変わってしまった駅までの街並みをゆっくりと流していく。
今度は山ちゃんがやたら語りはじめる、彼は駅のさらに向こう、幣舞橋を越えた高台に生まれ、高校まで釧路にいたという。彼はもう60代半ば…。当時の友人の名前まで交えながら、後部座席から身を乗り出し、ナビちゃんに代わりしきりに道案内をしてくれる。完璧だ!
荷物を今夜の宿泊場所、山ちゃんの友人(今夜は当直でいないという若いお医者様)のマンションにおいて、車を駅前のレンタカー屋に返す。今夜の私は別行動、小学校時代の親友、氏橋隆次君と会うことに…。
二つ隣の駅の近くにマイホームを建てたという彼とは、駅の改札で待ち合わせる。いきつけのうまい魚を食べさせるという居酒屋へ。小学生がそのまま51歳になったという感じだが、今は市の教育委員会に勤める立派な公務員。白髪交じりですっかりおじさん体型なのだが…、その歩き方、話し方、笑い方、困った時の目の泳がせ方…子供の頃の隆次だ!なんにも変わってないじゃん!と感心する。ということは、私もそうなのだろうか?
「昔は随分可愛かったのになあ、変わるもんだ!」と真顔で言われる。
話は懐かしい昔話から始まり、現在のお互いの在りように及ぶ。酒がすすむに連れ、私の家族の事、彼の子供の事、それぞれの人生を振り返り、何人かの知人、兄弟の死を語る。月日の隔たりを忘れ、あの頃の何でも語り合った親友同士に立ち返る。話は尽きない。
すべてが変わってしまったが…
何も変わらない、何も…。
居酒屋、スナック、バーと三軒はしごして、「じゃ、明日!また…」
それぞれタクシーに乗り込んでお開き。
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ジスイズ、何故か子供もいる
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6月30日 釧路 ジスイズ
朝から灰色の空…、窓を開けてみる。こまかな雨粒が空気に混じっている。ジリだ。
この季節特有の肌寒い朝。
部屋の中は禁煙とのことで、ベランダに出て煙草に火をつける。高台のマンションの3階、記憶の中の港の風景が見渡せる。カモメが低く空を往く…、何とも不思議な気分だ。このひんやりとした空気の中で、私はかつて無口でひ弱な少年だった。そして今の私より若い、父と母と一緒にこの街で暮らしていた。
それにしても寒すぎる!吐く息が白いぞっ!これじゃまるで冬じゃん!
部屋に戻ると、山ちゃんが寒い寒いと、とうとう備付の大型の石油ストーブに火を入れていた。しまい忘れたままのコタツに3人とも足を突っ込む。
ウームッ明日は確か7月??
夕方まで時間があるので、私の提案でもう半日レンタカーを借りることにする。
今度は、日産マーチ。市内を離れ、もう一度生まれ育った辺りへ行ってみる。やはり随分変わってしまっている。昨日立ち寄った仁々士別川を渡り、思い出の中学校へ。校舎全体がすっかり建て替えられて、37年前の面影はない。そりゃそうだ、廊下に雪の吹き溜まりが出来るような、戦後すぐの木造校舎だったものな。かろうじて、ブラスバンド部で何度も行進した、だだっ広いだけのグランドがそのまま。
降り止まぬジリ雨…、遠い思い出の道をたどる。
肌で感じる冷たく湿った空気感だけが、私を子供の頃の時間に引き戻してくれる。
山ちゃんの提案で、街を離れ湿原の方に行ってみることにする。車を釧路川に沿って北東の方角へ走らせる。30分もすると一面の荒野だ。
細岡大展望台入り口とある。未舗装の狭い道を入っていくと、すぐ横を同じ目線の高さで釧路川が蛇行しながら流れている。川幅5メートル程だ。まさに自然のまま、手のつけようのない大自然が、太古の時間が目の前を悠然と流れている。カーラジオを切り静かに車を停める。川の流れる音があたりの静寂に拍車をかける。
展望台までは15分ほど。何人かの先客が三脚をかまえ熱心に写真を撮っている。私は生まれて初めて、釧路湿原を俯瞰して見ている。こんなだったんだ!
「素晴らしい!」のひとこと!
子供の頃は絶対に行ってはいけない場所。「足を踏み入れたら最後、生きて戻って来れないんだからね!」と、親にさんざん脅かされていた場所だったが。
今は国立公園、周辺の道も若干だが整備され2,3、展望台も出来ているようだ。あなたも、もし釧路に立ち寄る機会があれば是非お出かけを!観光パンフレット以上の大自然のパノラマが目の前に広がっている。まさに、自然そのもの!
16時、陽が落ちてさらに寒さは尋常ではない、足元から冷気が上がってくる。多分5℃位か?後で聞いたが、この日東京は最高気温34℃だったという。市内に戻って「JAZZジスイズ」に入る。
70年代、そう学生の頃よく出入りしていた渋谷辺りのJAZZ喫茶を彷彿とさせる。初めてなのに懐かしさが込みあげてくる。
アルティックの大型スピーカーが心地良い音量で古いジャズを鳴らしている。カウンター奥にびっしりと並べられたレコード盤、久し振りにアナログの暖かい音に触れる。
店の半分を占めるグランドピアノ、壁には舞踏家、大野一雄の写真と、本人自筆の「花」と描かれた大きな書が架かっている。
この小さな店ではJAZZをはじめ、様々なパフォーマンスが行われているという。
食事に出ている間に、客席が準備されていた。カウンターに6,7人、手の届きそうなところまで椅子が並んでいる。それでも全部で20人くらいか。もちろんマイクは使わない。
三々五々、お客さんが集まりだす。昨日の隆次がかみさんを連れて来てくれている。20数年ぶりに会う親戚筋の従兄弟(といっても、もう七十に手が届きそう)や、小中学時代の友人の顔もちらほら見える。身内にはあえて連絡していなかったのだが…、「何にも言ってくれないんだもの…」となじられながらおばさんにご祝儀を頂く。
手渡しのライブ、手渡しの想い…、緊張と熱気!独白と共感!
曲を進めていく中で、目の前の何人もの人がボロボロと涙を流してくれているのが、唄っている私にはっきりとわかる。隆次はかみさんとハンカチを行ったり来たりさせながら目を泳がせている、二人とも目を赤くして…。
「来てよかった、来れてよかった!」
とても暖かく、幸せな時間が刻まれていた。
最後は私も泣いていた。
「又、来ます!」
親戚のおじさんが、大きく頷いてくれた。
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白糠でのコンサート会場

BAR 我楽多

我楽多のマスター

我楽多のママと娘さん

呼んでくれた白糠の仕掛人 池村さん



我楽多でのコンサート風景
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7月1日 白糠 我楽多
池村氏の待つ白糠へ。
列車通学の高校生(女子高生は日本中何処へ行っても同じいでたちだ。あらわな生足に超ミニ!みんな悪いオジサンに騙されているんだ!)と一緒に各駅停車で30分余り。
駅前から歩いて3分、今日のライブ会場、スナック「我楽多」に到着。
もうすっかり準備が出来ているという。
この日のために駆りだされた?電気屋のおじさんがPA機材を点検している。早速リハを始めるが、如何せん音が…??おじさんには丁重に礼を述べつつ、EQをはじめから調整しなおし。
余りにもその場所に馴染んでいたので、気が付くのが遅れてしまったが…、私が唄う背後の壁に、大きな手書きの文字が並んでいた。事前に聞き込んでもらっていた私の唄の歌詞が、素適にアートしている。池村氏のもう一つの顔、普段は役場の職員だが墨と筆をもたせるとアーティスト!あくまでも自己流だが、それが又いい感じ!力のある筆の勢いはまさに芸術!「泣くまいぞ泣くまいぞ、命の花の咲く夜に…」等と書き出したパネルがずらり!感激!!「さあ、後はあんたが頑張るだけ!」と背中をバシッと叩かれた思いだ。
町の人が集まったのは8時すぎ、これもいつもどうりとのこと。ほとんどがこの店の常連でもある漁業関係の方。それとこの町の数少ない飲み屋の元気なおねえさん達だ。始まる前からすっかり飲み会モード。そうか、彼らは年に何回か、池村氏が呼んでくる歌い手を待ち構え、楽しみにしているのだ。さながら盆踊りのような感覚なのだろう。
飲めや唄えや、手拍子しながら踊りだす人、顔を真っ赤にして泣いている人。もう大騒ぎ!
「よかった!よかった!」とみんな上機嫌!これもまたよし!
ステージが終わるや否や、そのまま打ち上げに!その道のプロがわざわざ準備してくれた新鮮極まりない魚が次々とテーブルに並ぶ。
刺身!刺身!刺身!そして極めつけは、店の前で炭をおこし焼いてくれた、これ以上抜群の焼き加減はないという、漁師御墨付きのトキ(この時期の近海でしか取れない最高級の鮭)の炭火焼き!地元の魚加工会社に勤めるニコニコのおじさん、「おいしくなれ、おいしくなれって、魚に言葉をかけながら焼くんだよ」と笑っている。
まさに心のこもったご馳走だ!幸せ!
自然の恵みに真っ直ぐに向き合い感謝する、このことをこれほどまでに実感している人がいるだろうか?スーパーやコンビニ食文化にどっぷりと浸かった私には思いもよらないことで…、頭の下がる思いだった。
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白糠で泊めて頂いた
町会議員さんの実家

白糠で二次会と次の日の朝食をごちそうになったとみ子さんのお店

とみ子さんの娘さん



白糠を一望できる展望台
白糠の展望台にあった塔?

今回のツアーの仕掛人・山ちゃん(左)

ツアーが終わってホッとした三樹夫さん


帯広に呼んで下さった飯場の皆さん
英双さん
山本さん
よしこさん
たみちゃん
北さん
ひろみさん
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7月2日 帯広 ランチョ・エルパソ
池村氏おすすめの魚屋で、昨夜とおなじ「トキ」一尾を買い求め(味は同じだからと、あごが欠けたB級品を市価の3分の一、約5千円で)、東京の留守宅に宅急便で送る。後日、「おいしくなれ、おいしくなれ」と呪文を唱えつつ焼きあげ、父と母に食べてもらう。
さあ、いよいよ最終日!
白糠から急行で1時間40分、今回のツアーの締めくくり、帯広駅に到着。
出迎えてくれた主催者グループの一人、山本さんのワゴンで今日の宿泊所、「飯場」(と彼らが呼んでいる、共同で借りている一軒家)にひとまず荷物を置く。市内からは少し離れた住宅地で、周りには商店が見当たらない。
掃除を始めた山ちゃんを残し、菊地氏と食料調達に出かける。
15分位歩いてみるがそれらしき店もなく途方にくれる。
遥か向こうに国道とおぼしき大きな通りが見えるので、そこまで行ってみることにする。信号の向こうに、「帯広温泉」と大きな看板がかかっている。この際、風呂も浴びて食事も済ませようと勇んで行ってみるが…。宿泊も出来そうな建物だが?案外地味な共同浴場という佇まい。食事はできそうもない。この時間はおばさん一人がなんでもやっているらしく、入口で呼び鈴を押しても中々やってこない。
待つことしばし、「すいません!」とおばさん登場。タオルと石鹸を購入していざ温泉へ!泉質はきわめて良好!少し茶色がかったツルツルのお湯だ。私は泡風呂を一人独占!誰もいない昼下がりの温泉で、旅の垢を流したあと缶ビールもあけてすっかりリフレッシュ。
帰り道、かろうじて一軒あったコンビニで、私はから揚げ弁当を菊地氏はカップラーメンをゲット。
飯場に戻り少し昼寝!
タクシーを呼んで本日のライブ会場、レストラン「ランチョエルパソ」に乗り込む。
支配人と思しき人が一人で対応してくれる。手作りソーセージとメキシコ風料理が看板の本格レストランで、一階部分だけでもゆったりと60人ほどは入れそうだ。
今夜は私のために貸しきりだそうだ!
備付の簡易PAでリハを開始してみる。
石造りの壁面、2階まで吹き抜けのエスニック風の店内は思ったとうり反響がすごい。普段あまりライブには使っていないらしく、根本的な機材の設定まで調整しなおす。イロイロ試行錯誤の末たっぷり一時間、何とか聞ける音に。用心して早めに入ってよかった。
6時近くになって、今夜のスタッフ、飯場の連中が続々到着。みんな昼間の仕事を終えてからの集合だ。
チケットは既に50枚近く売れているとのこと!7時をまわる頃にはお客様も集まってきた。みんな思い思いに料理を注文し、ワインを飲んだりビールを飲んだり…。ウームッ、又このノリか?
定刻を15分ほど過ぎて、ほぼ満席でライブ開始!お酒のせいもありすっかり和んだ客席からは掛け声や手拍子も!いい感じで曲を進めていく。
今夜がツアー最後であることや、このツアーで頂いた愛や勇気に感謝していることなど話しながら、とても気持ち良く最後のステージを終えることが出来た。
最後に帯広の主催者と今回の仕掛け人、山ちゃんに感謝の乾杯をして大きな拍手を頂いた。
初めての私のために一杯のお客様を呼んでいただいた「飯場」のみんなに、大きな借りができたと…。今度くる時にはもっと感動を呼ぶ、もっと素適な時間を用意しなくてはとそう心に決めた夜だった。
飯場に戻り、最後の打ち上げ!みんな泊まり込みだ!よおし朝まで飲むぞ!の掛け声も虚しく、最初にダウンしたのは私であったことは言うまでもない。
お疲れ様!!!!!!
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7月3日
TOKYO!
羽田から新宿行きのバスに乗る。小雨に濡れる首都高をバスは走っていく。
何処までも果てることのないビルの荒野…。
何もないあの釧路湿原の景色が重なる。
まあなんと壮絶なほど大きな街であることよ!地面のすべてをコンクリートで覆って!それでもまだ飽きずに空を目指す高層のビル!ビル!ビル。
時間の尺度さへ捻じ曲げてしまう、人間の営みの際限のなさにあきれてしまう!
11日間の不在で、私の意識が少し変わった。
この広大無限な街であなたに逢おうなんて…
目も眩むほど途方もないことを私は企てていたのだと!そうはっきり気づいた。
でも諦めない!
明日もまたこの街のどこかで…
この荒野の片隅で…あの川のほとりで…。
すでに種は蒔かれた
あとは、惜しみなく愛を注ぐことだ
ずっと遠くのあの澄んだ眼差しに、目の前の熱い視線に…
手渡しの想い、手渡しの唄を…
いまそこにいるあなたの心に…
もう飽きることはない。
2003年8月7日 MIKIO
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