いとうせいこう×奥泉 光

中上健次

『枯木灘』

日時■2008年9月13日(土)
会場■北沢タウンホール
TOPへ
このサイトの写真の無断転載を禁じます

拡大表示は画像をクリック

作品梗概

『枯木灘』

「枯木灘」は和歌山県の枯木灘の近くの、部落として差別を受けていたらしい(はっきりと書かれてはいないですが)「路地」という土地に生きる人々を描いている小説です。
主人公は竹原秋幸という青年なのですが、貧困で血縁のつながりが複雑に入り組み、放火や殺人が多いこの土地とそこに生きる人々もまた主人公であるように思えます。
 秋幸は26歳。彼は母親のフサ、義父(母親の再婚相手)の竹原繁蔵と共に暮している。仕事は土木現場作業員、いわゆる土方である。彼は毎日ダンプカーにスコップやつるはしなどを積んで、作業現場までダンプを運転し、太陽と共に、土を掘り返し、日が沈む頃には仕事を終えて帰宅する。彼は何も考えずに大地をつるはしで穿ち、スコップで土をすくう。毎日その繰り返しである。
彼には、1人の兄と3人の姉がいるが、その兄姉とは父親が違う。彼の父親は、母の再婚した男ではなく、浜村龍造というとんでもない男である。龍造は同時に3人の女を孕ませた男である。「枯木灘」は、血が複雑に絡み合った登場人物たちが織り成す濃厚な物語である。そこでは喧嘩や男と女の絡み合いは日常茶飯事である。秋幸の兄の郁男は母親の再婚に反対し、母親と弟を殺そうとし、最後は柿の木に首を吊って死ぬ。それから12年を経て、兄の血と、実父の血が自分に流れていることに秋幸はおびえる。
彼には紀子という恋人がいるが、さと子という女性とも関係を持つ。
さと子と秋幸は、実は・・・・・。
秋幸は、実父の浜村に惹かれながらも敵意を抱き、結局、浜村がヨシエに産ませた子どもの秀雄と対立して殺してしまう。

●中上 健次 (なかがみ けんじ)  1946年(昭和21年)〜1992年(平成4年)

 新宮市生まれ。昭和37年和歌山県新宮高校に入学。同級生の中森則夫と知り 合い、文学的影響を受ける。文芸部に入部し、機関誌「車輪」の発行に携わり、小説「赤い儀式」や詩を掲載する。昭和40年、大学進学を目指して上京。予備 校に入学するが、ほとんど出席せず、当時、演劇や映画・音楽など文化の中心であった新宿を徘徊する。その後、同人誌「文芸首都」に参加し、さらに大きな影 響を受ける。「文芸首都」の同人の中からは、椎名鱗三、津島佑子、大原富枝など、秀れた作家が多く出ており、健次の妻、紀和鏡も同人の一人である。
 昭和48年、「19歳の地図」で芥川賞候補になり、昭和51年、「岬」で戦 後生まれで初めての芥川賞に輝く。その翌々年には、「枯木灘」で芸術選奨文部大臣賞新人賞を受けるなど、作家としての地位を築き上げる。また問題を広く深 く観察するため、ロサンゼルス、ハワイ、ソウル、三重県、那智勝浦町へと転居。小説だけでなくルポルタージュ、評論、脚本、各種イベントなどその活動は多 方面に及び、行動する作家として知られるようになる。
 昭和62年、健次の高校時代の同級生を中心に「隈ノ会」が結成され、平成2 年、「熊野大学」を開講する。「熊野大学は校舎も入学試験もない。卒業するのは死ぬ時。人に対して無限にやさしい熊野の思想を明らかにし、精神(人の心) に関する最高の学問の場にしたい」という健次の構想に従い、準備講座の段階からほぼ毎月開講する。多忙の中、健次は新宮に戻り、山本健吉の評論「いのちと かたち」をテキストに講義を行う。平成4年、志しなかばにして、46歳という若さで亡くなる。

Copyright 2006 Hiroshi Kikuchi All Rights Reserved.